百万遍 Hyaku-man-ben 第14号
2025年03月09日
○ 語り手は信用できるか:ホーソンの射程(8)
Can the Narrator Be Trusted? 〜 The Shooting Distance of Hawthorne's Narrative 8
Chapter 3 A Garden Overgrown with As-if’s: on Hawthorne’s “Rappaccini’s Daughter”
(岩田 強)
【執筆者による内容紹介】
今回は「森のなかのリンチ」の続稿を目論んでいたが、かなわなかった。理由はまたしても間に合わなかったから、である。いい加減に片をつけたいのだが、頭がついてこない。
代わりに、ホーソンの短編「ラパチーニの娘」に関する旧稿(1993年執筆)に補筆して掲載することにした。この論考も作者、語り手、作中人物の信用できなさを扱っていて、主題に共通性がある。
結果として、『語り手は信用できるか:ホーソンの射程』の章立てが以下のように変更される。
序章 嘘つきあるいは物語作家の誕生―ホーソンの若年期について (旧第5章)
第1章 韜晦としての技法 (旧第1章)
第2章 一の真実、九のたわ言 (旧第2章)
第3章 〈かのように〉の庭
第4章 谷間から湿地へ (旧第3章)
第5章 飢えの始まるところ (旧第4章)
第6章 森のなかのリンチ―フォレスト・カーターの場合 (1) (旧第6章)
森のなかのリンチ―フォレスト・カーターの場合 (2)
森のなかのリンチ―フォレスト・カーターの場合 (3)
【執筆者略歴】
岩田 強(いわた つとむ): 1944年東京生まれ。京都大学でアメリカ文学 (主として19世紀小説)を学び、和歌山大学、山梨医科大学、京都光華女子大学で教鞭をとる。著書『文豪ホーソンと近親相姦』(愛育社)、訳書 カイ・エリクソン『あぶれピューリタン』(現代人文社)(村上直之氏との共訳)
○ 「講義ノートの周辺」(4)
My Lecture Notes and Others 4
「Part I 高等学校数学Ⅰ幾何」
「Part II 情報と社会」
○ 「正史を訪れる」(3)
On-site Inquiries into the Authorized Histories 3
Part Ⅱ 大倭王と倭女王(後漢書と三国志の時代)
(森 隆一)
【執筆者による内容紹介】
「講義ノートの周辺」Part I 高等学校数学I幾何 では、
3. 円の性質
をやっと投稿できた。ここで、例の番号は項(subsection)毎に打たれていることがわかったので、これに改めた。
「講義ノートの周辺」Part II 情報と社会 では、
7. 知的所有権、 8. 個人と公共、付録 情報科学と数理科学
を用意した。7・8章はノルマであった。著作権については、海賊版や屋号を巡る紛争は従来からあり、これらを主に取り上げることにした。ソフトウェアについての著作権や個人情報関連については、法整備も途中であることと、1年生に細かいことを言ってもあまり意味がないと思い、private と public に対する感想的考察を述べることにした。情報科学の内容については殆ど知っていなかったので、手元にあった岩波講座・情報科学、岩波講座・ソフトウェア科学、共立出版・情報科学講座の3講座を構成する本のタイトルを並べてみた。これらの本のうち、入門書的なものは、本 Part を書くとき参考になった。数学科学とは何かを考えるため、Wikipedia で見られる数理〇○学を集めてみた。これらから、数理科学とは“現象から数理モデルを作成し、出来たモデルを解析し元の現象の理解に役立てる”ことであると考えた。数理〇○学あるいは情報〇○学の多くは学科レベルの内容と想われる。改革の議論中に数理科学部は可能かと思ったこともあったが、漠然と思うだけで留めた。
Part II 情報と社会 は、これで完結とします。
また、途中ではあるが、項(分節)を採用した。今後、幾何のように項立てに修正して、訂正版とするつもりである。また、Part III 数と計算、Part IV ランダムな現象 にも手を付けようかと思っている。
「正史を訪れる」Part II 大倭王と倭女王 では、
六章 海流と和鉄、七章 三国志の時代 (女王国と邪馬壹國)、
八章 晋書の時代、
を準備した。行ったことは、Flood Maps を色別標高図に置き換えることが主であるが、六章では骨NA解析に関する篠田謙一の解説を引用した。七章では、5.3節で準備していたが、追加を忘れていた作業仮説候補5.1 “高句麗にいた倭奴部は、新の高句麗侵略に伴い、倭の南端に倭奴国を造った。ここで海運に従事し、倭連合王国の構成国となった。その後、中国王朝による征討を受けるたびに倭国や倭奴国に移住する氏族が現れた。陸続きの新羅には住民も移住したことは想像できる。中国王朝による征討としては、紀元前後の新によるもの。3世紀に、公孫氏によるものと毌丘倹によるものがあった。最終的には、7世紀に唐により滅ぼされた。” を付録とした。八章は体裁を改めただけである。この章をいじるには、三国史記の記事と正史の夫余・濊の記事をを検討することが必要と考えている。
【執筆者自己紹介】
森 隆一 (もり たかかず) : 1945年愛知県にて生まれる。1968年京都大学理学部数学科卒業。1970年同大学院理学研究科数学専攻終了。京都産業大学に勤務し、2015年定年退職(免職)。数学では、初めは確率論を、後半は計算可能性解析を研究してきた。
(福島 勝彦)
自分が所属する組織以外で作成された問題による試験を受け、その結果によって、何らかの「資格」を手に入れることができることを〈受験〉と呼ぶとすれば、私の受験の初体験は、珠算(そろばん)の検定試験だった…
【執筆者自己紹介】
福島 勝彦(ふくしま かつひこ):1945年8月生まれ。大阪市出身。ちょうど戦争が終わったときに生まれ、以後79年間、「戦後」の時代とともに生きてきた。京都大学文学部卒業。そのあと、中高一貫の私立男子校に39年間勤務した。現在、作品ホームページ「二十世紀作品集」を開設中。http://happi-land.com/こちらもご覧ください。
○ 性仮装の混乱 La Confusion des Sexes 『とりかへばや物語』と『アストレ』
The Confusion of Sexes:on Torikaebaya Monogatari(The Changelings)and L’Astrée
(高藤 冬武)
内容については、本文冒頭の「はじめに」をご参照ください。
【執筆者自己紹介】
高藤 冬武(たかとう ふゆたけ): 1939(昭和14)年東京生。1958年京大文学部入学、同大学院博士課程一年退学(仏文学)。以降、京産大(2年)、大阪樟蔭女子大(10年)、九州大(26年)でフランス語教育担当。武蔵、畿内、筑前と西下、太宰府の道真との「出会い」、その流謫の地で詠まれた漢詩(菅家後集)に親狎愛惑す。多感な十代末から不惑の年ならぬ不惑の最中まで、二十有余年を過ごした京大阪の風土文化、人情こそ、我が心の終の栖、望郷、忘られぬ。京國歸何日(道真)。
文学研究では、フランス小説における恋愛思想の変遷を辿った。十二世紀南仏の所産、「恋愛の文化」(宮廷風恋愛 アムール・クルトワ)は、近代科学技術文明の勢いの前に衰退し、恋愛小説の舞台は、〈許されぬ愛の悲劇〉から〈許された愛の幻滅と苦悩〉(恋愛結婚の誕生)へと替わった。後者、文学史上の傑作、バンジャマン・コンスタン(1767-1830)の『アドルフ』の登場である。コンスタンに於ける「作家と作品」の表裏一体に的をしぼり、ルソーの『告白録』をも凌ぐ(F. モーリアック)と言われる『私日記』を翻訳した(九州大学出版刊2011年)。
Le Devisement dou Monde of Marco Polo
〜 The Confronted Translation of the Seven Editions
IV カタイとマンジ
(1)内陸部
10.5 カラジャン雲南 (1) ヤチ 昆明 - Ch.118
11. カラジャン 雲南 (2)大理 Ch.119 付:平雲南碑(松田孝一訳)
「謎ときマルコ・ポーロ」シリーズは前号で終わり、今号から残れる章を順次全訳する。 I. 序章 II. 往路 III. グラン・カンとカムバリク大都 IV. カタイとマンジ V. 帰路 VI. アジ ア に分け、今号は前号で全て終わった III に続いて IV に取り掛かる。
○ ニコロ・ディ・コンティ旅行記 5 (ラムージォ版)
Nicolò di Conti’s Travels 5
5.3 フラ・マウロ図・III 内陸部 1 東部: 東南アジア・マンジ・カタイ
5.3.5 マッパ・ムンディ(世界図)の中の ゴグ・マゴグ (1)
15世紀前半、ポーロに続いて25年(1419~44)の長きにわたって東方に旅したもう一人のヴェネツィア商人ニコロ・ディ・コンティ(1395~1469)旅行記の全訳。テキストは、教皇エウゲニウス4世の命によりその秘書官ポッジォ・ブラッチォリーニに語ったものがポルトガル語訳され、それからラムージォがイタリア語に訳して『航海と旅行』に収めたものである。
(高田 英樹)
同人CD-ROM『百万遍』第14号・編集後記
ドナルド・トランプが大統領に復帰してきて、アメリカは大混乱だ。まるで「国王」になったかのように「大統領令」に次々と署名し、アメリカ国民のみならず、世界中の人々にとんでもない要求を押しつけている。傍若無人、やりたい放題、これまでみんなが営々と築き上げてきたものを平気でひっくり返そうとしている。そんなトランプに人々は驚き、あきれ、また恐れおののいているが、ただひとつだけ、明るい光もある。ひょっとすれば、ウクライナやパレスチナに「平和」が戻ってくるかもしれない、ということ。
トランプの「平和」なんてロクなものじゃない。どうせ、ロシアやイスラエルに寄り添った、ウクライナやパレスチナには到底容認できないものだろう。そんな「平和」を受け入れたら、これまで勇敢に戦って生命を落としてきた者たちに申し訳がたたない。この世界の正義が踏みにじられたまま、歪んだ和平に持ち込まれてはたまらない。
当然、そういう声が大きく出てくるだろう。しかし、それらは、云ってみれば、堅固な建物の中でゆったりと腰掛けて、戦況を眺めている連中の言い草にすぎない。死と隣り合わせの戦場に立たされている兵士たち、あるいは、見えない敵の空爆に追われて逃げまどう人々からは、そんな「悠長」な強がりは出てこないだろう。とにかく、一刻も早く戦火が止んでほしい。このあと、どんな屈辱的な事態が待っていようとも、どこからか飛んでくる弾丸やミサイルによって、身の回りの人たちや、あるいは自分自身の生命があっけなく奪われてしまう、こんな恐ろしい事態だけは早く終わらせてほしい。それが惨状極まる「現場」の本音ではないだろうか。
いろんな経緯や、面子や、利害などが絡まりあって、ズルズルと戦争が続いた3年間。そんな地獄の苦しみを、無茶苦茶でもなんでもかまわない、どんなに理不尽で横紙破りであっても、それらを取り除いてくれるのであれば、トランプの蛮勇も「怪我の功名」となるかもしれない。とにかく、平和がいちばんなのだ。
(2025.03 福島記)