百万遍 Hyaku-man-ben 第12号
2024年03月03日
内容紹介 & 執筆者(自己)紹介
○ ジョヴァンニ・セルカンビ(Giovanni Sercambi)の『イル・ノヴェッリエーレ(短篇集)』について
On Il Novelliere (The Collection of Short Stories) by Giovanni Sercambi : Destiny of Literature in Local Cities
(米山 喜晟)
1. 『イル・ノヴェッリエーレ』について ~地方都市の文学の運命~
2. 附録『イル ノヴェッリエーレ』の序文およびノヴェッラの要約(1~50)
4. 附録『イル ノヴェッリエーレ』の要約(101~155)
ジョバンニ・セルカンビ(1348〜1424)はイタリア中部の都市ルッカで生まれ、その土地の政治に長く関わる一方、いろいろな著作をものにしていた。その代表作が、ボッカッチョの『デカメロン』を手本にした155編の短編集『イル・ノッヴェッリエーレ』である。その内容の豊かさと猥雑さゆえ、古来、多くの毀誉褒貶を受けてきた作品だが、今号では、その作者と作品の紹介のほか、『イル・ノッヴェッリエーレ』の155編の詳細な要約を附録として掲載する。その内容の半数以上は、奔放な好色譚である。
【執筆者自己紹介】
米山 喜晟(よねやま よしあき): 1937年奈良県生まれ。勤務先は、峰山高校,京大(非正規職員)、京都産大、大阪外大、桃山学院大などを転々とした。研究テーマは、フィレンツェ史、イタリア・ノヴェッラ史、ムラトーリ研究、主著は『敗戦が中世フィレンツェを変えた』。
This Side of the Lethe 5 : Certain Things Cannot Be Told to Anyone
(岩田 強)
【執筆者による内容紹介】
「森のなかのリンチ」は今回も休載。Asa Carter の伝記は読み終えたが、論を進める前に、未邦訳の2作の西部もの The Rebel Outlaw: Josey Wales と The Vengeance Trail of Josey Wales を再読し、伝記の記述と対照してみたい。次号には間に合うだろう、たぶん。
今回の「此岸の光景:だれにも云えないこと」では、ヒトには他人に云えない秘密があることに気づき始める十代初めの少年を、性の目覚めと絡めて、少年の眼を通して描いてみたかった。語り手「ボク」の生年は筆者のそれ(1944年)に合わせてあるが、内容は私小説ではなくフィクションである。この年齢の少年の1類型が表現されていると感じてもらえればメッケモンだ。
作中に出てくる「稲本のおじさん」は架空の人物だが、その名前と履歴の一部は実在の人物、かつての同僚の稲本忠雄さん、から拝借した。稲本さんは見事な英文の書き手だったが、それもそのはず、教職につく前は「デイリー毎日」の論説員を長くしておられたと他の同僚から聞かされた。稲本さんはシベリア抑留を体験していて、凍ったジャガイモで釘を打つという話は稲本さんから聞いたものだ。さまざまな分野の本を読んでいる博読の人だったが、話の最後にはいつも「みんな忘れました」とつけ加えるのがクセで、その飄々とした雰囲気にたまらない魅力があった。在職中に亡くなったので、茨木だったかの公営住宅のお宅にお悔みに伺ったが、家具のほとんどない質素な室内だった。私の勝手な思い込みだったかもしれないが、たくさんの僚友の死に遇い死の淵から生還した人の戦後の一つの生き方をみる思いがした。稲本さんの名前を使わせてもらうことで、そのときの感銘を形にしておきたかった
作中のシベリアに関する他の記述については以下を参考にした。
澤田精之助、絵と文『シベリア抑留者の想い出』(下山礼子編) あさ出版、2022年
伊藤義隆「私の人生」平和祈念展示資料館、
https://www.heiwakinen.go.jp/wp-content/uploads/archive/library/roukunote/yokuryu/12/S_12_476_1.pdf
山本久夫「カラカンダでの抑留生活」平和祈念展示資料館、
https://www.heiwakinen.go.jp/wp-content/uploads/archive/library/roukunote/yokuryu/02/S_02_232_1.pdf
田淵峯夫「中支、満州、シベリア」平和祈念展示資料館、
https://www.heiwakinen.go.jp/wp-content/uploads/archive/library/roukunote/yokuryu/06/S_06_392_1.pdf
吉田峯康「戦争と霊(魂)」平和祈念展示資料館、
https://www.heiwakinen.go.jp/wp-content/uploads/archive/library/roukunote/onketsu/04/O_04_259_1.pdf
ただし部隊名や派遣先は適宜組み替えてあって史実どおりではない。
進駐軍の青山キャンプの脇を走る都電7番の写真は、三好好三著『都電が走った東京アルバム』第2巻、撮影:小川峯夫、(株)フォト・パブリッシング、2020年から拝借した。
昭和26(1951)年のサンフランシスコ平和条約で進駐軍は在日米軍に変っていたはずだが、地元ではあいかわらず「進駐軍の青山キャンプ」で通っていた。もちろん子どもには進駐軍と在日米軍の区別はつかなかったから、文中では「進駐軍」を用いた。文中に出てくるプールは写真の枠外、左手奥にあった。
今回調べていて、写真の奥の白い建物が旧陸軍歩兵第3連隊兵舎だったこと、2.26事件では第3連隊がここから出動したことなどを知った。戦後この一体は進駐軍に接収され、米軍将校宿舎や情報部隊基地 Hardy Barracks などがおかれていた。1962年に東京オリンピックを前に返還され、自衛隊駐屯地を経て、現在は新国立美術館、政策大学院大学、東京ミッドタウンなどになっているが、Hardy Barracks(赤坂プレスセンター)や星条旗新聞社は現在も米軍が使用している。つまり東京都心の、天皇の居場所から4㎞のところに、小規模とはいえヘリポートをそなえた米軍基地があるのである。
【執筆者略歴】
岩田 強(いわた つとむ): 1944年東京生まれ。京都大学でアメリカ文学 (主として19世紀小説)を学び、和歌山大学、山梨医科大学、京都光華女子大学で教鞭をとる。著書『文豪ホーソンと近親相姦』(愛育社)、訳書 カイ・エリクソン『あぶれピューリタン』(現代人文社)(村上直之氏との共訳)
○ Italiani nel bakumatsu: Pietro Savio (1839-1904) Teresa Ciapparoni La Rocca
Italians in the Bakumatu era in Japan: Pietro Savio (1839-1904)
(Teresa Ciapparoni La Rocca)
【執筆者紹介】
Teresa Ciapparoni La Rocca テレサ・チャッパローニ・ラ・ロッカ: 元ローマ大学・文哲学部・日本学科専任講師。近世日伊関係史を中心に研究。2013年旭日小綬章。
○ 石仏あれこれ(3)
Visiting Some Stone Buddhist Images 3
○ 「講義ノートの周辺」(2)
My Lecture Notes and Others 2
○ 「正史を訪れる」
On-site Inquiries into the Authorized Histories
Part I 古代以前
(森 隆一)
【執筆者による内容紹介】
「石仏あれこれ」では、シリーズB 石仏を考える、B3 アショカ王(仏教の展開) を準備した。仏典結集と大蔵経およびアショカ王について大雑把に調べたものである。阿含経・般若経・浄土教・華厳経・法華経のうち阿含経に興味をもったが、石仏以前の話であることと、沼が深そうなので、棚上げすることにした。
「写真アルバムから」は、今回は休むことにした。
「講義ノートの周辺」では、Part I 高等学校数学1幾何、2. 直線図形、および、Part II 情報と社会、はじめに、1. 情報とは、2. 情報とコンピュータ、3. 情報の種類と符号化、を準備した。講義用のプロジェクタ原稿に手を加えるだけだろうと気安く始めたが、プロジェクタ原稿は、料理で言えば材料を並べたもので、調理法を忘れたのみならず材料の意味をも忘れてしまったものもあることに気付かされた。チンだけで食べられるiと思ったものが、野菜を加えて炒めなければならないとわかったときと似ている。
「正史を訪れる」にむけて、地理院地図の‘自分で作る色別標高図’の練習として、縄文・弥生の遺跡の色別標高図を模索した。これに、古代史の前時代である弥生・縄文時代の概要から、興味あることを大まかに引用することにした。ということで、プロローグ、Part I 古代以前、一章 縄文、二章 弥生、三章 縄文・弥生の遺跡の地勢考察、を準備した。
【執筆者自己紹介】
森 隆一 (もり たかかず) : 1945年愛知県にて生まれる。1968年京都大学理学部数学科卒業。1970年同大学院理学研究科数学専攻終了。京都産業大学に勤務し、2015年定年退職(免職)。数学では、初めは確率論を、後半は計算可能性解析を研究してきた。
(福島 勝彦)
前号に掲載した『青群』の42年後に書かれたこの文章は、『青群』の〈後日談〉あるいは〈解説編〉に当たるものである。
【執筆者自己紹介】
福島 勝彦(ふくしま かつひこ):1945年8月生まれ。大阪市出身。ちょうど戦争が終わったときに生まれ、以後78年間、「戦後」の時代とともに生きてきた。京都大学文学部卒業。そのあと、中高一貫の私立男子校に39年間勤務。百万遍・創刊号に掲載した『わがデジタル創世記』を、加筆・修正のうえ、2019年、文芸社から刊行した。また、作品ホームページ「二十世紀作品集」を現在開設中。http://happi-land.com/ こちらもご覧ください。
Vers une lecture érotique de l'Astrée et du Dit du Genji
(高藤 冬武)
【目次による内容紹介】
Ⅰ はじめに(内容紹介、レジュメ)
Ⅱ 『アストレ』作品紹介
1.作者 オノレ・デュルフェ Honoré d' URFÉ (1567〜1625)
2.作品刊行経緯(1607~1628)
3.作品の梗概(主筋)
4.作品の構成
Ⅲ 『アストレ』をどう読むか
1.ギュスターヴ・ランソン 『フランス文学史』
2.饗庭孝男編 『フランス文学史』
3.ジェラール・ジュネット 『羊小屋の中の蛇』
4.O.-C. ルール 『オノレ・ デュルフェの生涯と作品』
Ⅳ セラドン女装、男から女へ
Ⅴ 『アストレ』「官能愛的読書」の試み(本文)
1.セラドン、男から女へ
2.セラドン(女装アレクシス、以下、セラドンは常時女
装のアレクシス)、アストレ初対面
3.セラドン、アストレ起居を共にする
4.アストレのしどけない寝姿を凝視するセラドン
5.セラドン、アストレに相対、欲情を自制
6.ローマ皇帝、臣下の妻強姦の場
7.歓喜愛悦、なお性欲を抑える
8.アストレ、セラドン衣装着せ替えの場
9.セラドン、アストレ愛撫に絶頂
10. 同 上つづき
11.人目を恐れ一線を超えず
12.セラドン、進退窮まり自問、我は何者なりや、アレク
シスか、はたまたセラドンか
Ⅵ 『源氏物語』をどう読むか
1.「濡れる身体の宇治」
2.作中和歌に見られる語彙のエロティシスム
Ⅶ 『源氏物語』「官能愛的読書」の試み(本文)
1.源氏、空蝉を犯す
2.源氏、朧月夜と相対、合意の上
3.朧月夜と逢瀬を重ねる
Ⅷ 「浮舟」
1.匂宮、浮舟強姦未遂の場
2.匂宮、匂宮、薫に成りすます
3.匂宮、偃息図(春画)を描きすさびのわざにと浮舟に
手渡す
4.浮舟、色と情、二人の男の板挟み、宇治川に投身
【執筆者自己紹介】
高藤 冬武(たかとう ふゆたけ): 1939(昭和14)年東京生。1958年京大文学部入学、同大学院博士課程一年退学(仏文学)。以降、京産大(2年)、大阪樟蔭女子大(10年)、九州大(26年)でフランス語教育担当。武蔵、畿内、筑前と西下、太宰府の道真との「出会い」、その流謫の地で詠まれた漢詩(菅家後集)に親狎愛惑す。多感な十代末から不惑の年ならぬ不惑の最中まで、二十有余年を過ごした京大阪の風土文化、人情こそ、我が心の終の栖、望郷、忘られぬ。京國歸何日(道真)。
文学研究では、フランス小説における恋愛思想の変遷を辿った。十二世紀南仏の所産、「恋愛の文化」(宮廷風恋愛 アムール・クルトワ)は、近代科学技術文明の勢いの前に衰退し、恋愛小説の舞台は、〈許されぬ愛の悲劇〉から〈許された愛の幻滅と苦悩〉(恋愛結婚の誕生)へと替わった。後者、文学史上の傑作、バンジャマン・コンスタン(1767-1830)の『アドルフ』の登場である。コンスタンに於ける「作家と作品」の表裏一体に的をしぼり、ルソーの『告白録』をも凌ぐ(F. モーリアック)と言われる『私日記』を翻訳した(九州大学出版刊2011年)。
○ Su un termine poliano di origine veneziana:
peitere (Devisement dou monde, LXXXV, 11)
マルコ・ポーロのヴェネツィア起源の語 peitere(「世界の記」第85章、11)
について
On Marco Polo’s term of Venetian Origin: peitere
(Alvise Andreose)
An Elucidation of the Rituals of the Court of the Yuan Dynasty
(松田孝一・著 高田英樹・補)
【執筆者による内容紹介】
本稿はモンゴル人のクビライ(在位1260–1294)が作った元朝の首都(現在の北京)の宮殿で元旦などに皇帝が臣下たちから服従表明を受ける儀式の式次第の解説を行う。儀式は、明け方の鶏の鳴きまねの合図で始まり、文武百官が号令に合わせて拝礼と「万歳」連呼を行った後、奏楽と舞踊が行われる中、皇帝が盃を飲み干す場面をクライマックスとして行われる。本解説は松田孝一が、高田英樹先生のご見解も参考としつつ執筆したが、文責は松田にある。
【執筆者自己紹介】
松田 孝一(まつだ こういち):1948年兵庫県生まれ。大阪国際大学名誉教授。チンギス・カンの作ったモンゴル帝国史の研究歴50年です。昨年2023年出版の『岩波講座 世界歴史10: モンゴル帝国と海域世界』(岩波書店、共著)、『中央ユーラシア文化事典』(丸善出版、共編著)、『アジア人物史5: モンゴル帝国のユーラシア統一』(集英社、共著)に寄稿などしました。
○ 謎ときマルコ・ポーロ(10)
Solving the Mysteries of Marco Polo 10
(高田 英樹)
Selected Short Stories of Dino Buzzati 10
ブッツァーティ読書会(稲垣豊典・淺見溢子・井澤純子
・大西三笠・奥野喜子・川上展子・太根紀子・町井初夫) 訳
【原作者紹介】
ディーノ・ブッツァーティ(1906~1972): 20世紀イタリア文学を代表する作家のひとり。幻想的、不条理な作風から「イタリアのカフカ」と称されたこともあるが、短編小説の名手としても有名である。
同人CD-ROM『百万遍』第12号・編集後記
ここ数年、世界中を苦しめてきた「コロナ禍」もようやく沈静の兆しを見せはじめてきたが、それと入れ替わるように勃発した「ウクライナ戦争」、それもまったく終息の気配もないうちに、今度はパレスチナの「ガザ」で戦火に火が点いた。
世界の「世論」は先に手を出した「ロシア」と「ハマス」を非難するように動いてきたが、そこに至るまでには様々な背景が存在することも明らかになり、一筋縄では行かない複雑な国際情勢が、これらの戦争の終結が容易でないものにしている。
そんななか、今年の元旦には、「奥能登」で大きな地震が起こった。1995年の阪神淡路大震災以来、東北、熊本など、大きな被害を出す大地震が一定の期間を置いて連続している。
このように内外とも不安定きわまりない世の中だが、「百万遍」は何事もなかったかのように力強く前進している。
今号から、CD-ROM作成はやめて、ホームページⅠ本の発行となった。早く届いた原稿を掲載した「速報版」も出ることとなった。
創刊は2018年7月だから、はや5年8ヶ月が経ったことになる。「高齢者」揃いの執筆者たちもそれだけ齡(よわい)を重ねているわけだが、みんな初志の意気込みは変わらない。半年刻みにコツコツと「仕事」を続けて行くことによって、「継続」は「力」となり、「生きる力」ともなっている。
(2024.03 福島記)