百万遍 Hyaku-man-ben 第16号
2026年03月25日
☆☆☆☆☆ 田淵晉也さん追悼 ☆☆☆☆☆
「百万遍」同人の田淵晉也さんが、2025年9月24日、永眠されました。
そのご逝去を悼んで寄せられた文章を掲載します。
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This Side of the Lethe 7 : Memories of Mr. Koshiishi
(岩田 強)
【執筆者による内容紹介】
昨年の9月24日、ネット文集『百万遍』の同人、田淵晉也さんが亡くなった。昨年の6月に下咽頭がんの手術をうけ、手術は成功だったが、回復途上で宿痾の憩室炎が破裂して緊急手術となり、意識が戻りきらないまま永眠された。田淵さんが5年足らずのあいだに『百万遍』に寄稿された文章は、福島編集長の計算によると、115万5000字に達しているそうで、同人中もっとも強力な寄稿者だった田淵さんの逝去は『百万遍』にとって大きな痛手だ。
文集の発起人高田英樹さんと編集長福島勝彦さんの発案で、同人内外に追悼文の執筆をもとめ、次号を田淵さんの追悼号にすることになり、わたしも寄稿することにした。田淵さんとのお付き合いは半世紀以上になる。ぼやけた記憶を確認するため古びたアルバムを披くなどして二ケ月かかって田淵さんの追悼文を書き上げたが、追憶の気分は纏綿として去らず、この機会に小学校時代の恩師輿石定雄先生について文章にしておきたくなった。
【執筆者略歴】
岩田 強(いわた つとむ): 1944年東京生まれ。京都大学でアメリカ文学 (主として19世紀小説)を学び、和歌山大学、山梨医科大学、京都光華女子大学で教鞭をとる。著書『文豪ホーソンと近親相姦』(愛育社)、訳書 カイ・エリクソン『あぶれピューリタン』(現代人文社)(村上直之氏との共訳)
○ 閑中忙あり An "Idler" Often Groans under Heavy Tasks
(木内 義勝)
1993年から現在まで、あちこちに書いた文章を集めた「随筆集」。
【執筆者自己紹介】
木内 義勝(きうち よしかつ): 昭和18年(1943年)長野県松本市生まれ。開智小学校、信州大学附属松本中学校、松本深志高校を経て京都大学教育学部入学(1962年)。小中時代は野球に熱中、高校3年間は軟式庭球部中心の生活を送り、インターハイ(於・新潟市)に出場。学部から大学院教育学科に進むも4年で中退し、加藤秀俊先生に誘われてシンクタンクCDI(京都)に入社。その後、East-West Center(ホノルル)に派遣され、1年間の学習院大学東洋文化研究所勤務を挟んで再びハワイ大学大学院人類学研究科で過ごしたのち松本へ帰郷。松本では3つの会社(IT, 食品、教育)の取締役を18年間にわたって務め、2002年に松商短期大学経営情報学科教授に推挙され就任。65歳で定年となり5年ほどの怠惰を破るように2014年、松本短期大学学長就任の話が唐突に持ち込まれ、迷いの末に受諾して現在に至る。人から人へと導かれる脈絡を欠いた「ジグザグ人生」そのものである。一貫しているのはテニスを60年以上も続けてきたことくらいか。なお、『百万遍』に名を連ねる亀井邦彦君とは小学校3年から一緒になり、学校以外にボースカウト活動も共におこない、高校の3年間も同級という奇縁を保った。高校時代、彼は「賢童部」私のほうは「低級部」と勝手に僭称していた。ボーイスカウトのキャンプでいつも一人だけ漆にかぶれる彼を我々は「漆のリトマス紙」と呼んだ。亀井のことを思うと、追懐に終わりを打てない。著書はCDI時代の『コミュニティ・バンク論』(編集・執筆、鹿島出版)、学習院時代の『環境と地域文化』(学習院大学東洋文化研究所叢書)。中日新聞にリレーコラムを忘れもしない1989年の「天安門事件』後から8年にわたって執筆した。
毎日新聞大阪版に『わが町にも歴史あり・知られざる大阪』という連載がある。始まったのは、2005年4月15日。そして、現在もまだ継続中で、類いまれな長期連載である。執筆は、松井宏員(ひろかず)記者だが、その松井記者に大阪各地を案内する人がいて、それが「大阪案内人」を自称する…
(福島 勝彦)
【執筆者自己紹介】
福島 勝彦(ふくしま かつひこ):1945年8月生まれ。大阪市出身。ちょうど戦争が終わったときに生まれ、以後81年間、「戦後」の時代とともに生きてきた。戦争とは無縁の平和な時代だったが、それがこのあといつまで続くことやら。京都大学文学部を卒業して、半世紀以上経った。現在も、作品ホームページ「二十世紀作品集」を開設中。http://happi-land.com/こちらもご覧ください。
Sugawara no Michizane’s One Hundred Rhymes Expressing My Sentiments: Personal Translation
日本漢詩史上最高傑作の一つと評されるところの、菅公(菅原道真)が太宰府流謫の失意時期、〈孤独暗恨〉、血涙を以て綴った、『敍意一百韻』、二句一韻二百行に及ぶ長詩の私訳である。この詩型は、 杜甫の長編詩など五言古詩を受け継ぎながら元稹と白居易が完成させた至難の技の近代百韻である。
(高藤 冬武)
【執筆者自己紹介】
高藤 冬武(たかとう ふゆたけ): 1939(昭和14)年東京生。1958年京大文学部入学、同大学院博士課程一年退学(仏文学)。以降、京産大(2年)、大阪樟蔭女子大(10年)、九州大(26年)でフランス語教育担当。武蔵、畿内、筑前と西下、太宰府の道真との「出会い」、その流謫の地で詠まれた漢詩(菅家後集)に親狎愛惑す。多感な十代末から不惑の年ならぬ不惑の最中まで、二十有余年を過ごした京大阪の風土文化、人情こそ、我が心の終の栖、望郷、忘られぬ。京國歸何日(道真)。
Le Devisement dou Monde of Marco Polo
〜 The Collated Translation of the Seven Editions 3
IV カタイとマンジ
(2) 沿岸部
馬可・波羅所記中国火葬風俗/中国火葬風俗に関するマルコ・ポーロの記録(馬 曉林)
馬可・波羅与済州分水/マルコ・ポーロと済州分水(求 芝蓉)
マルコ・ポーロの伝える大運河の賑わい:シンジュマトゥ(松田 孝一)
8. コイガンジュ淮安州からヤンジュ揚州へ Ch.140〜Ch.143
(高田 英樹)
Marco Polo’s Account of the Flourishing Grand Canal : Singiumatu
(松田 孝一)
【執筆者自己紹介】
松田孝一(まつだ こういち): 1948年兵庫県生まれ。立命館大学文学部、大阪大学大学院文学研究科の東洋史学専攻で学ぶ。チンギス・カンの建国したモンゴル帝国の統治の構造を研究。大阪大学助手を経て大阪国際大学で奉職。大阪大学、立命館大学などでも後身の指導に当たる。モンゴル国の自由化後、30年余りにわたり同国の研究者の協力のもと、現地に残された碑文、遺跡の研究に従事。現在、大阪国際大学名誉教授、モンゴル科学アカデミー外国会員。「モンゴルの漢地統治制度」(1978)以来 “The Ceremonial Axe and the Timekeeper bird in the Yuan ‘Palace Illustration’ of a Manuscript of the Jāmiʿ al-Tavārīkh(2025)まで論著等158編。
コ・ポーロの記録 (日本語訳あり)
Marco Polo’s Account of Chinese Crematorial Customs
(Ma Xiaolin)
(馬 曉林)
【執筆者紹介】
馬 曉林(マ・シャオリン):1984年生まれ。モンゴル帝国とユーラシア交流の専門家。『マルコ・ポーロと元朝中国:原典と儀式、信仰』(2018)他、60編以上の論文の著者。現在は、南開大学歴史学部教授で、中国の元朝史協会の事務次長も務めている。
(日本語訳あり)
Marco Polo and the Jizhou Diversion Weir
(Qui Zhi-Rong)
(求 芝蓉)
【執筆者自己紹介】
求 芝蓉: 1988年中国浙江省生まれ。2007年から2018年まで北京大学で中国古代史を学び、2018年1月北京大学歴史学系を卒業、博士号を取得。同年、同系の博士研究員(ポスドク)として、栄新江教授を共同研究者に迎え、「13~14世紀の西方文献にみられる中国」を研究課題とした。2021年9月中国人民大学歴史学院に着任、2025年8月副教授に就任。主な研究分野は元史と中西交渉史。
同人誌『百万遍』第16号・編集後記
すでに「速報版」にてお知らせしたが、同人の田淵晉也さんが亡くなった。
創刊以来「百万遍」に関わり、第2号からたくさんの作品を投稿していただいた。田淵さんにとっては、これまでの「集大成」のお積もりだったのだろう、気迫あふれる作品群だったが、途中、体調を崩され、2023年9月の「第11号」を最後に、休載が続いた。その後の再起が期待され、みんなも待ち望んでいたが、かなわず、鬼籍に入られた。
その死を惜しんで、追悼の文章を、同人の枠を超え、広く、故人の友人・知人の方々にも募ったところ、予想以上のたくさんの寄稿をいただいた。さまざまな角度からとらえられた田淵さんの思い出話を読むと、さながら、ひとつの重層的な「人物論」として、これも立派な、素晴らしい作品で、故人の霊前に供するにふさわしいものとなったと自負している。
ところで、最近の世の中の動き。
年明け早々に、アメリカ軍がベネズエラを急襲して、国家元首の大統領を拉致しさるという、とんでもない事件が起こった。そうこうするうち、2月末には、交渉中のイランを、イスラエルとともにまたもや「急襲」、国家元首を殺害してしまった。当然、イランは激しい報復に出て、原油輸送の要となるホルムズ海峡を封鎖、世界中に「石油ショック」寸前の状況が進行中である。
相手国の「主権」などお構いなしに、武力でもって、こともあろうに、その国の元首を白昼堂々と殺害するということがなされた。こんなことが許されていいのか、と、世界中から非難ごうごうの声が挙がると思いきや、自分がそんなことになってはかなわないとばかりに、強国に媚びへつらうか、あるいは、わが身を守るための軍備強化に走る国ばかりなのは、嘆かわしいことである。わが国でも、「軍事大国化」を公言してやまない与党が先の総選挙で大勝した。いったいこの国は、また世界は、どうなっていくのだろうか、不安ばかりが先に立つ。
今号、はじめて寄稿していただいた木内義勝さんの「随筆集」の最後に、現在の中東危機の「元凶」となっているイスラエルとアメリカとの関係について述べた文章がある。是非ご一読あれ。
(2026.03 福島記)